STUDIO FISH i

YOSHIRO HIGAI

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2004年、超高気圧。十勝岳。長い経験によりいくつもの引き出しを持つBubblesは、

真っ青な空に見守られ、極上のパウダーを一気にマンタレーで滑り降りた。

実物のポスターにはこのようなクレジットが入ります。yoshiro higai photography studio fish iは入りません。

バブルスこと丸山隼人とのつきあいは80年代にまでさかのぼる。スノーボード黎明期、北志賀ハイツのハーフパイプでのコンテストであったと思う。(現在のハーフパイプと比べた場合、そう呼んでいいか、はばかられるものであったが…)当時僕は原宿のプロショップ“ストーミー”のライダーたちと行動することが多く、ことあるごとに、田口勝朗のクルマに乗せられ、丸沼、浅貝、アサマ2000、北志賀…と出掛けて、いつのまにか構成員になっていた。ゲレンデではコブをジャンプランプにして飛ぶのがメインで、ツボ足でハイクして、ゲレ食ではホカ弁を食べる。といった行動パターンが多かった。そんなでもスキー場は何も言わずにいてくれていた。(平たくいえば無視されていたのだが…)そんなゲレンデのマイノリティの僕らは同じニオイがする連中と仲が良くなった。長岡のサーフショップ“メローズ”だ。と前置きが長くなったが、その大会で、初コンテストながら、ひと際高く飛んでいたのが、メローズからエントリーしたバブルスだった。当時15、6歳くらいだったろうか?以降バブルスはぶっ飛びまくり、あっというまに全日本チャンピオンになった。奥只見、天神平、ニセコ、シベリア、オーストラリア、スイス… いろいろなセッションをかさねるうちにいつのまにか長い年月だけが経ってしまった。近年はニュージャンルであるボウル・シーンを切り開きながら自身も精力的に滑り続けている。

 

ポスターに選んだショットは2004年に十勝岳で“Free Ride”の記事で撮影したものだ。この日の十勝岳は奇跡とも言える特別な日だった。マイナス20℃以下で何日間も雪が降り高気圧を迎えたのだ。朝イチのとらえどころが難しい状態から真っ青に抜けきった日差しを受けて徐々に安定に向かい、バブルスがハイクを終えてスタート地点に着いた時には北海道内陸独特のドライ&ディープコンディションが整っていた。雪庇から雪面にマンタレーがドロップすると軽い真っ白な粉末は、前後左右、全方向に吹き出し、朝の光に照らされバフっと舞い上がった。踏みどころが微妙なバランスを要求される状態だ。時に最高なコンディションが滑りやすいとは限らないのだが、バブルスは長いスノーボード経験と絶妙なテクニックでスピードを捉え一気に滑り降りた。     (文 樋貝吉郎)

 

 

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