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スケート界のレジェンド、クリスチャン・ホソイの情熱が紡がれた「HOSOI Photo SS SHIRT」。貴重なポジとフォトグラファー樋貝による深掘り解説を通じて、時代を超えて愛されるホソイのスタイルの魅力と至福のひとときをお届けします。
クリスチャン・ホソイの写真を大胆に散りばめたこのシャツは、アクションのリズムに呼吸を合わせ樋貝吉郎が、80年代 シングルショットでフィルムに記録したものです。時代を超越した伝説のカリスマとレンズ越しにセッションした真のスタイルをこのようなコラボシャツを通して皆さんにお届けできることは最上級の喜びです。
『空中で体勢を変えたり、板を掴むことで生まれる『スタイル』はスノーボードやサーフィンでも当たり前になっている。元々の始まりは70年代のBMXのアクション、”パンケーキ”なのじゃないだろうかと個人的に推察している。由来は複数で同時に走るレースでジャンプをしたときに進路を塞ぎ後続者をで抜かせないように自転車を横に向けたと訊いたことが…。スタイルが次々と生まれたのは80年代初期のスケートボードからであろう。ことにスタイルマスターとして名を馳せたのはクリスチャン・ホソイである。彼のインスピレーションの源はブルース・リーであったそうだ。アメリカのアクションスポーツに東洋の武術が影響を与えているとはなんだか面白い。』
樋貝の以前のコラムより加筆
With the photographs of soul star Christian Hosoi and the text by Higai, you will travel back in time to the world of 80's skateboarding! Enjoy!!
Photos and text from below
Photo 1 Hosoi Vancouver EXPO 1986
1986年バンクーバーEXPOのなかで行われたスケートボード初の世界大会。当初ランページはこれよりも低く滑りづらいものだったらしい。記録ビデオを観るとスポンサーのスーパーマーケットのステッカーが貼られているランプで選手たちが苦戦している。そこでシュミットスティックのDr.シュミットの指揮のもとバーチカル部分を1フィート足したそうだ。ランプのチャンネルをみるとその跡がみてとれる。
カナダ バンクーバー1986
Photo 2 Christian Hoso Ascot christ 1988
まるでスカイダイビングで空から降ってきたようなクライストエアはホソイのオリジナルトリックである。最盛期の彼の身体能力は頭の中でイメージが生まれれば一発でメイク出来たという。大阪南港にオープンしたばかりここアスコットボードパークはバーチカルランページ、コンクリートボウル、コンクリートミニランプ、バンクなどがあり雨天時用の可動式テントルーフまで備わっているという日本屈指の施設だった。
大阪 アスコット 1988
Photo 3 Christian Hosoi ascot bw 1988
クリスチャン・ホソイのバックサイドトゥイークエアは板の向きを横に捻ったり下に向かせることもあった。スノーボーダーたちはスケートのスタイルを雪の上で再現することを目指した。とはいえ硬い雪でターンをするために足の裏が板に固定されている必要があった。それは空中で自由にスタイルを決めるには不向きであったので独自のスタイルが生まれていくことになった。
大阪 アスコット 1988
Photo 4 Christian Hosoi Ikebukuro stale 1988
80年代に付けられたスケートボードのトリックには変わったものが多い。stale fish “ステールフィッシュ”とは“腐った魚”という意味なのだが。後ろの手で板の踵側をグラブする姿勢は臭うイメージなのだろうか?後年スノーボーダーは”カナディアンベーコン”やら”スイスチーズ”などの匂い自慢の亜流グラブが生まれた。
西武池袋 1988
Photo 5 Christian Hosoi Ikebukuro walk 1988
1988年二度目の来日。クリスチャン・ホソイは足を負傷していてこのランプを滑ることはなかったがファンサービスでウォーキングからのGターンを披露して観客を沸かせた。併せて開催された”ラジカルストリート”というストリートコンテスト会場はなんと西武デパートの広い搬入スペースであった。そんなことが実現したのは西武の会長の息子がスケーターだったからである。
池袋西武 1988
Photo 6 Christian Hosoi Jack 1988
前足を伸ばすハンドプラントをサッドプラントと呼ぶのは同時代に南カリフォルニアにあるサッドランドという公園でレスター・カサイがメイクしたからだと思う。が確かではない。そしてなぜサッドランドが悲しいかは不明。ちなみに前足を伸ばすバックサイドエアをメランコリー(現代は略してメロン)と呼ぶのは足を伸ばす動作がサッド(悲しい)というイメージならば、エアで足を伸ばすのをメランコリー(感傷的)と名付けたのかもしれないが未確認だ。
静岡 ジャック静波 1988
Photo 7 Christian Hosoi LAC front 1988
ロサンゼルスクラブでのフォトセッションはカメラマン冥利につきるものだった。独占でクリスチャンとサージ・ベンチュラが目の前で何度もトリックを繰り出してくれたのだから。ストロボをスタンドに立てライティングを決めてポジフィルムとモノクロフィルムを使い、ポートレイトは中判のカメラで撮った。
三茶 ロサンゼルスクラブ 1988
Photo 8 Christian Hosoi LAC santacruz 1988
ナタス・カウパスをはじめとしたサンタクルーズチームやトラッカーのレスター・カサイ、フランス人のピエール・アンドレまで集まったロサンゼルスクラブでのイベント。一際高く舞い上がりデッキに板を叩きつけるとドカーンと地下フロア全体が揺れるような衝撃が走った。まさにディザスターである。
三茶 ロサンゼルスクラブ 1988
Photo 9 Christian Hosoi LA Club 1988
アメリカはもとより世界中から絶大的な人気を誇ったクリスチャン・ホソイ。その一方で堂々とし過ぎな振る舞いが苦手という日本人スケーターの声も聞く。言ってみれば習慣の違いなのかもしれない。アメリカという白人優位な社会のなかで有色人種が頭角を現すのは並大抵ではない。アピールと自信が大切だ。もちろん実力が伴っての話である。
三茶 ロサンゼルスクラブ 1988
Photo 10 Christian Hosoi LAclub 1988
空中に板が飛び出させコーピングへトラックをかけるためのムーブメントは完璧にコントロールされている。しかもカメラ目線である。この余裕と愁を帯びた目は果たして本当は何を見つめていたんのだろう。
三茶 ロサンゼルスクラブ 1988
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Christian Hosoi 1988年
クリスチャン ホソイ
Christian Hosoi
1967年 ロサンゼルス出身
80年代のスケートボード界のロックスター。ラディカルなライディングとエキゾチックなルックスで注目を集める。誰よりも高く空を舞いクライストエア、ロケットエアなど様々な空中姿勢を生み出した。90年代に入りバーチカルスケートボードの衰退で薬物依存になり密輸の罪で投獄されたが刑務所内でキリスト教に帰依し模範囚として刑期を繰り上げる。出所後は牧師として、教会で自らのドラマチックな人生を若者たちに語り、彼らに希望を与えています。同時に自らのスケートボードブランド、“ホソイスケーツ”を立ち上げXGAMESで注目を集める日本の柴田元、パリ五輪で金メダルを獲得したオーストラリアのアリサ・トゥルーといった世界中の優れたバーチカルスケーターたちをサポートしている。もちろん56歳となった現在もスケートボーダーとして滑り続け、多くの人々にインスピレーションを与えている。
@christianhosoi